テニスにて

テニスコーチの視点からの解説

平和とは

まぁ、安保法案はこのまま参院を通過するでしょう。
いろんな意見をテレビやネットやあれやこれやで見聞きし読んだりしていけばいくほど、平和ってなんなのかって考えちゃいます。

法案通らなかったら、もし日本人がどこかでヤバい状況に陥った時にアメリカ軍が戦ってくれて、日本人は助かったけど、アメリカ人が死んでしまうってなるわけですよね。アメリカ人だから死んでいいのでしょうか。

もう一方で法案通って集団的自衛権を行使できるようになったら、例えばアメリカ軍が中東の一部地域に何がしかの正義を掲げて攻撃している戦闘に加担することも可能になるわけですよね。今でも給油だけとかならしてるし。現実にそういう場合も誤爆が起きて罪のない中東の民間人が死んだりしてますよね。こういう出来事は仕方のないことなのでしょうか。
実際、中東の民間人は最初は日本人に友好的だったのが、アメリカの空爆に給油活動していたことを知り、少なからずショックを受けているという話しも聞きました。

こういう2つの事例を考えると、やはり日本はアメリカに頼らず、基本的には日本人は日本人が守るという手段を持たないといけないと思います。安全保障に関してはアメリカとは主従関係にあるので、アメリカが間違えそうな時に「そこは民間人いるかもしれないから、やめときな」って意見言えないんでしょう。


自分の国は自分で守る本当の意味での独立が、アメリカや他国との関係を対等にして、初めて憲法9条の精神を世界に伝えていけるようになるのではないかと思います。
一見矛盾してるけど、憲法9条に掲げた平和への祈りは、憲法9条を変えないと他国に伝わらない。抑止力、つまりこれだけの軍備があるから手を出したら危ないよっていう牽制ではありません。対等な立場で意見を言うためです。

世界の様々な問題に関して、一番平和的かつ知的な解決手段の提案ができる国になってほしい。9条を変えたとしても、9条の精神は賛成派も反対派も持ち続けられるはずです。そして、各国を「なるほどその手があったか」と唸らせるようなアイデアを出せるクレバーさを身につけるべきです。

これが、ずっとずっと調べて考えて、やっと辿り着いた今のところの自分の結論です。

自立への第一歩として安保法案には賛成ですが、安倍内閣の強引な進め方はいただけないし、ゴチャゴチャと混乱を生み出す野党や半ば暴力的なデモもよくない。どちらも平和をクレバーに提案できる知性とは言えないと思います。


国籍にかかわらず、誰も死んでいい人なんていません。誰も死なないのが平和です。自国の平和だけでなく世界の平和を一番に願う日本を目指してほしいです。